沖縄国際大学 米軍ヘリ墜落事故から13年 ー 二兎追うものは一兎も得ず ー

2004年(平成16年)

8月13日

 

沖縄県宜野湾市沖縄国際大学1号館の壁に、米海兵隊の輸送ヘリコプター「CH53-Dシースタリオン」が接触墜落した。

 

 

奇蹟的に学生や大学職員に人的被害はなく、ヘリの乗員3人も「負傷」で済んだ。

 

ヘリは墜落炎上、校舎を焼き、ヘリ機体の破片は大学周辺住宅にも飛び散った。

 

消火作業後、米軍は現場を封鎖し、警察から報道関係者、住民、大学関係者までを立ち入り禁止にした。

 

日米地位協定の壁は日本側の捜査を拒み、詳細は後日米軍から発表されたのだ。

 

 

そして・・・

あれから13年がたった。

 

沖縄県内での米軍機事故はあとを絶たず、特に普天間基地の危険は増すばかりだ。

 

宜野湾市長は「市民の我慢は限界を超えている」と訴えた。

 

www.okinawatimes.co.jp

 

しかしそれは「早く辺野古普天間基地を移せ!」という意味にほかならない。

 

「人口の多い普天間から危険を取り除いて、人口の少ない辺野古を危険にしても良い」という理論によるものらしい。宜野湾市民よ、辺野古住民よ、本当にそれで良いのか?

 

辺野古は田舎だ。人口約2000人と少ない過疎地だ。

ここで、忘れてはいけないことがある。


辺野古に住んでいるのは何も辺野古の住民だけではない。

 

故岸本名護市長と稲嶺元県知事が、キャンプシュワブのある辺野古の地域発展のために誘致し、辺野古が喜んで受け入れた沖縄高専、5年制の国立工業高等専門学校

 

www.okinawa-ct.ac.jp

 

学生数は848名。

県内全域や県外から集まり、おおよそ16歳から20歳までの5年間を辺野古で過ごすのだ。

 

敷地内には子供達の寮が、学校周辺には学生アパートがある。また、その大勢の教職員もいる。

 

高専の学生や教職員のほとんどが辺野古に住民票はない。


しかし、辺野古で多くの時間を過ごす、つまり彼ら学生 教職員も、辺野古の住民なのだ。

 

高専上空には今でもキャンプシュワブのヘリやオスプレイが飛び交い、学習環境を悪化させている。

 

そして辺野古は、普天間基地海兵隊の移設を、条件付きで容認すると表明している。


名護市は受け入れを反対しているにも関わらず辺野古だけが受け入れると。

 

なぜ条件付きなのか?


それはもちろん、軍用機による騒音や危険が大幅に増すが条件 (お金) で解決、という訳だ。

 

しかしここで、国立高専を誘致し受け入れた責任を思い出さなければならない。

 

もしも、辺野古普天間基地移設を「条件付き容認」し新基地ができて、結果、国立高専の米軍機騒音や危険がまし国立教育機関としての環境基準を満たさなくなるとすれば、その原因は辺野古が「条件付き容認」したから、ということになる。

 

そのせいで高専が移設ということになれば、国立高専の移転建設費用は辺野古が賠償しなければならなくなるはずだ。

 

もしや、「条件付き容認」で得たお金を、高専移設にあてがうつもりなのか?

 

まさに、「二兎追うものは一兎も得ず」なのだ。

 

また、普天間から海兵隊機能を辺野古に移し、つまり県内移設することは、


県民全体からみた時、「普天間基地(海兵隊)から起こる危険の除去」になるのだろうか?

 

13年前の米軍ヘリ墜落事故のような重大事故が、普天間やその周辺でもまた辺野古やその周辺でおきないよう、普天間基地 在沖海兵隊の、県外海外移設を一刻も早く進めてほしい。

 

下記に、沖縄国際大学の米軍ヘリ墜落事故、事故10年後の2014年のニュース映像を貼る。

 

 

 

子供達に危険を押し付けるなど

決してあってはいけないと肝に銘じなければならぬ。

 

沖縄国際大学や国立高専、またほかのどこでもこのような悲劇がおきないよう訴えていかねばならない。