2016年7月11日
7月11日沖縄タイムス記事を読んで。
『沖縄はお気の毒。でもデモを警備する警官の人件費は私達が払うんでしょ?』
平和憲法を台無しに・・・、
戦前のような世に?。
沖縄県民は、自らを見つめ受け止める真っ直ぐな心がある。
そんな自民に票が集まる本土のほうが、よっぽどお気の毒だ。
(以下、沖縄タイムスより)
本土がどんどん遠くなる。そんな感覚がある。参院選沖縄選挙区は、安倍政権の閣僚が早々に敗北した。一方、本土では政権の信任票が積み上がっていく
▼2013年初めの銀座を思う。オスプレイ反対を訴えて行進する沖縄の首長たちに、沿道は冷たい視線を向けるだけだった。罵声を浴びせた集団もいたが、圧倒的多数の無関心の方が怖かった
▼買い物中の女性は「沖縄はお気の毒。でも、デモを警備する警官の人件費は私たちが払うんでしょ?」と言った。沖縄の人はビラを受け取ってもらえないと嘆いた。「安倍政権を支えているのはこういう人たちなんだ」
▼コザ騒動直後の1970年末。同じ銀座で、やりきれないほど同じ光景があった。東京沖縄県人会による決意のデモ。テレビドキュメンタリーに、沿道の家族連れが写る。「何しているの?」と聞く子どもに、親は何も答えない
▼制作した森口豁さん(78)は沖縄に関わって60年。本土を問い続けてきた。「ヤマトゥンチュは沖縄と関わらずに生きられると思っているけど、違う。日本全体の問題を押し付けているうちに、しっぺ返しが来る」
▼沖縄から見える日本の針路は危うい。憲法を失う日も近いかもしれない。「危ないですよ」と言い続けるしかない。本土にしっぺ返しが来る時は、沖縄も巻き込まれてしまうから。(阿部岳)