『セデック・バレ』 ー 日本軍と台湾少数民族の闘い

2017年5月9日

 

大戦時の日本の侵略統治はアジア各地に「日本憎し」の痕跡を今も残す。

その上で、戦後日本の「平和憲法」に基づいた平和外交により、「戦争をしない日本なら仲良くしよう」というアジアの懐の深い人間愛に溢れた想いと期待とに、我々現代の日本人はアグラをかいてはいないか?

 

さて「親日」と言われる台湾。

本当なのか?

 

日本は台湾を武力で侵略した。
50年も占領統治していたんだ。

 

よく言われるのが「日本は台湾に日本同化政策をしいた一方、インフラ整備を行い、台湾の発展に寄与した」という説。

なんという、手前みそな甘言だろうか。

日本は台湾を日本にしたかった。
大勢の日本人も移り住んだ。

インフラ整備は、まずもって日本がすみずみまで植民地支配を徹底するために必要なインフラだった。そして台湾人に日本人になる同化教育をし「二級日本人」という名の「植民地奴隷」を量産するシステムを整備したのだ。

決して「台湾人のため」ではない。しかし、その同化教育の洗脳は今も生きている。恐ろしいことだ。

 

後付けの自ら語る「功績」ほど陳腐なものは無い。

 

台湾人に、日本が統治 (使い) しやすいよう日本語と日本文化を強制し、安い賃金で使い、日本の為に利用した。

台湾人の「親日」発言は、主に日本が敗戦し去った後、次いで中国大陸からきた国民党統治の生々しい記憶があってのものだ。「過去がまだマシだった」という意味で「犬が去って豚が来た」というのだそうだ。侵略者には変わりない。

 

日本人が語る「日本は感謝されてるし!中国よりましなんだ!」など、目くそ鼻くそを笑うな!という話だ。

 

日本は台湾侵攻時大勢の台湾人 (台湾先住民を含む) を虐殺した。

台湾を制圧する為に虐殺した歴史、侵略当初から後期まで抵抗運動と日本による虐殺が。

 

少数民族出身の台湾立法委員「日本にも謝罪させよ」、蔡総統... -- Record China

2016年8月2日、台湾・聯合報によると、中華民国少数民族出身の立法委員・高金素梅氏が、「蔡英文(ツァイ・インウェン)総統は日本に謝罪を求めるべきだ」と主張した。 蔡総統はこのほど、「台湾先住民の権利を侵害してきた」などと述べ、先住民に対する不平等政策を謝罪した。この問題について、台湾総統が公式に謝罪するのは初めて。

これについて高金素梅氏は、「新政権は形式的な謝罪にとどまるべきではない。過去に台湾少数民族は日本軍によって血で血を洗う虐殺を受け、住む土地を奪われ、それらの土地は現在まで政府の手にある」と指摘した上で、蔡総統に「日本政府にも少数民族への謝罪を求めるべき。なぜ謝罪しなければならないか、どの立場で謝罪しなければならないかを教えなければならない」と呼び掛けた。(翻訳・編集/北田)

 

しかし親日派台湾の「侵略者はいい人だった」と語る心理構造は、そのまま沖縄の米軍基地賛美者にも見られるように思う。

なぜなら、虐殺され虐げられたものは口を塞がれ語ることが出来ない。死人に口なし。

またその残虐に虐げられた記憶の伝承は、苦痛を伴い抑圧され、次世代に語り継がれにくい。

一方、侵略者にこうべをたれ、なんとかサバイバルしてきた者たちには子孫ができ、「うまくやった、よかった体験」は次世代に語りやすく拡散し、やがて広義の民意なのだとすり変わる。

 

後付けの弁明や妄言に安穏とするな。

 

虐げられ、殺されていった者たちの声を聞け!

真実はそこにある。

 

 

 

映画『セデック・バレ

映画『セデック・バレ』公式サイト

INTRODUCTION


1930年、日本統治下の台湾で起きた壮絶な事件を渾身の映画化

 

1895年(明治28年)から1945年(昭和20年)までの50年間に及んだ台湾の日本統治時代。統治下の台湾では日本人化運動が推し進められ、新しい文化文明がもたらされる一方、原住民族独自の文化や習慣がないがしろにされたり、一部では過酷な労働と服従を強いられるようになっていた。そんな中1930年、日本人警察官との間で起こった小さないざこざが原因で発生した原住民による武装蜂起、日本統治時代後期の最大規模の抗日暴動が「霧社事件」である。


映画『セデック・バレ』は、“文化”と“信仰”の衝突という視点で「霧社事件」を描いた、4時間36分に及ぶ歴史超大作である。

第一部『太陽旗』では日本の統治下で苦しい生活を強いられてきたセデックの人々が、ある事件をきっかけに部族の誇りをかけ、武装蜂起するまでが描かれる。

そして、セデック族のあいだで「死後に渡る」と信じられてきた虹の橋を象徴とする第二部『虹の橋』では、蜂起したセデック族に対する日本の警察および日本軍の報復、セデック族の人々を襲う悲劇と多大な犠牲が、憎しみや恨み、家族愛、苦悩、葛藤などさまざまな感情の交錯をまじえながら、生々しく描かれる。

 

構想10余年、台湾の新鋭ウェイ・ダーション監督(『海角七号/君想う、国境の南』)のもとに、安藤政信、ビビアン・スーら国境を超えたキャストが集結

 

監督は長編デビュー作『海角七号/君想う、国境の南』で台湾映画史上歴代第1位の大ヒットを記録したウェイ・ダーション。「霧社事件」を扱った漫画を読み、血がたぎるような想いにかられ映画化を決意したというウェイ監督は1999年には本作の脚本を書き上げていた。その後、5分ほどのトレーラーを作って徐々に資金を集めていき、最終的に『海角七号~』をヒットさせることで自らの実力を証明し出資を募った。そして、国際的映画監督ジョン・ウーがプロデューサーに加わり、日本映画美術界を代表する種田陽平がプロダクションデザインを担当。徹底した歴史考証に基づき、壮大なスケールで霧社の村を見事に再現した。

 

セデック族のキャストには原住民を起用。頭目のモーナ・ルダオの晩年を演じたリン・チンタイの本職は(現在も)牧師であり、若きモーナ・ルダオを演じたダーチンは本作への出演で俳優としてのスタートを切った。原住民キャスト以外の脇を固めるのは、多くの海外映画に出演する国際的俳優・安藤政信、俳優・監督として映画界でも活躍する人気芸人・木村祐一、母親が原住民族出身の台湾人女優ビビアン・スー。さらに、『海角七号~』に出演した田中千絵、マー・ルーロン、ジェン・ジーウェイなどが特別出演。構想から10年以上、アジアの映画人が結集し、エンタテインメントを凌駕する一大巨編が誕生した。

 

かつて誰も味わったことのない獰猛な映画体験
価値観が乱される4時間半!!第一部&第二部、一挙公開!!

本作はほぼ無名の俳優たちをメインの役柄に起用したにも関わらず台湾でメガヒットを記録し、第48回台湾金馬奨にて最多11部門にノミネート、見事グランプリを受賞。観客賞にも選ばれたほか、助演男優賞、オリジナル音楽賞、音響効果賞、最優秀台湾映画人賞を獲得した。2011年ヴェネチア国際映画祭のワールドプレミア上映では世界の映画人たちから注目を集め、アカデミー外国語映画賞台湾代表作品にも選出された。さらに、ここ日本でも2012年3月に開催された第7回大阪アジアン映画祭では、4時間36分の完全版(台湾ドメスティックバージョン)での上映が大きな話題となり、圧倒的な支持を得て観客賞に輝いた。ウェイ監督からの強い希望を受け、劇場公開でも完全版での上映が決定した。

本作のタイトル『セデック・バレ』とは“真の人”を意味するセデック語。これは死を覚悟しながら、それぞれが信じるもののため戦った者たちの命の尊厳を問う物語である。そのすさまじい生き様は現代に生きる我々に何を問いかけるのか。

霧社事件とは?

1930年10月27日に台中州能高郡霧社(現在の南投県仁愛郷)で起こった台湾原住民による日本統治時代後期における最大規模の抗日暴動事件。霧社セデック族マヘボ社の頭目モーナ・ルダオを中心とした6つの社(集落)の男たち300人ほどが、まず霧社各地の駐在所を襲った後に霧社公学校で行われていた小学校・公学校・蕃童教育所の連合運動会を襲撃。日本人のみが狙われ、約140人が殺害された。現地の警察には霧社セデック族の警察官が2名おり、彼らは事件発生後にそれぞれ自殺。その後の日本軍の反攻により、蜂起した6社の約1000人が死亡し、生存者約550人は投降した。

 


 

「台湾原住民」とは、17世紀頃の福建人移住前から居住していた、台湾の先住民族の正式な呼称。中国語で「先住民」と表記すると、「すでに滅んでしまった民族」という意味が生じるため、この表記は台湾では用いられていない。現在では憲法で「原住民族」と規定されている。