2016年5月28日
今の日本は平和でしょうか。爆弾が空から降ることもなく、子どもを抱えて砲弾を避け、逃げ惑うこともない。食べ物は、捨てなきゃいけないほど豊富にある。着るものにも、ほとんどの人が不自由しない。それが平和なら、今の日本は平和。
でも、ちょっとまって。あなたの身近なとこで、あなたが住む街で、言葉による暴力が横行していませんか?言葉による暴力は、なにも乱暴で汚い言葉ばかりではない。一見、丁寧なように聞こえる言葉、そう読める文章でも、暴力的なものは、いくらでもある。
その中でも酷いのは、「無知であるにもかかわらず、誰かから“もっともらしい”ことを聞いて、その情報を自分で確認することも、疑問に思うこともなく鵜呑みにし、その“情報”を丁寧な言葉を並べながら、あたかも自分には知見があるかのごとく振る舞いつつ、上から目線で相手を諭そうという意図で言葉を発する」という「暴力」だと思う。
でも、それよりも、もっと酷い「暴力」は、何事にも「無関心、対岸の火事、他人事」であるという「考えない、知らんぷりするという暴力」だと思う。
そのような「暴力」は、今の日本に蔓延っている。ネット社会でも、普段の暮らしのなかでも。そんな「暴力」的な今の世の中を、71年前の日本人は「平和」だと思うかな。目の前で愛する人が殺されながら、家族と生き別れになりながら、ひもじい思いをしながら、将来の日本人には、「平和」な世の中を築いて欲しいと願ったのかな。
平和って、なにかな。あなたも、考えてみて。
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へいわってなにかな。 ぼくは、かんがえたよ。 おともだちとなかよし。 かぞくが、げんき。
えがおであそぶ。 ねこがわらう。
おなかがいっぱい。やぎがのんびりあるいてる。 けんかしてもすぐなかなおり。
ちょうめいそうがたくさんはえ、 よなぐにうまが、ヒヒーンとなく。
みなとには、フェリーがとまっていて、 うみには、かめやかじきがおよいでる。
やさしいこころがにじになる。 へいわっていいね。へいわってうれしいね。
みんなのこころから、 へいわがうまれるんだね。 せんそうは、おそろしい。
「ドドーン、ドカーン」 ばくだんがおちてくるこわいおと。
おなかがすいて、くるしむこども。 かぞくがしんでしまってなくひとたち。
ああ、ぼくは、へいわなときにうまれてよかったよ。 このへいわが、ずっとつづいてほしい。
みんなのえがおが、ずっとつづいてほしい。
へいわなかぞく、 へいわながっこう、 へいわなよなぐにじま、 へいわなおきなわ、 へいわなせかい、 へいわってすてきだね。
これからも、ずっとへいわがつづくように ぼくも、ぼくのできることからがんばるよ。
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