NHK 沖縄 シリーズ 『沖縄と核』 の四日連続スピンオフ - あの NHKスクープドキュメンタリーに盛りこめなかった内容も - 動画を随時更新する予定です。

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沖縄と核兵器・・・

 

噂は確かにあった。しかしここまでの現実を突きつけられ、沖縄の大地は震撼した。あの NHK スクープドキュメンタリー『沖縄と核』。

 

1,500にも及ぶ機密資料を開示請求させ、丹念に検証し、また元米兵や住民から証言をあつめたというその番組作りに脱帽する

 

9月8日放送

NHK スクープドキュメンタリー『沖縄と核』

 

 

 

そして、このドキュメンタリーに盛りこめなかった内容も含めるかたちで、NHK 沖縄が 4日連続でスピンオフ放送

 

ospreyfuanclub.hatenablog.com

 

ここでは4日にわたって、随時、NHK 沖縄のスピンオフシリーズの動画をアップしていきたい。

 

まず1日目の今日は・・・

 

シリーズ沖縄と核

① 核爆弾の投下訓練のための伊江島

 

youtu.be

 

 

 

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沖縄と核、アメリカ統治下の知られざる真実

東洋経済オンライン

 2017年09月09日

核ミサイル、ナイキ・ハーキュリーズNHK提供)

アメリカ北部ウィスコンシン州にある人口8000人あまりの田舎町。トレーラーハウスと呼ばれる小さな家の中で、その男性は落ち着いた口調で私たちの質問に答え始めた。

「そう、事故を起こしたミサイルには、広島型原爆と同じ規模の威力を持つ、20キロトンの核弾頭が搭載されていました。もし核爆発を起こしていたら、那覇の街が吹き飛んでいたでしょう。本当に恐ろしいことです」

58年経って初めて、事故にかかわった当事者が語る

男性は、元アメリカ陸軍の兵士、ロバート・レプキー氏(81)。レプキー氏は、1950年代末、沖縄に配備されていた核ミサイル、ナイキ・ハーキュリーズの部隊に所属し、核弾頭を含むミサイル全体の整備を担当していたという。

その事故が起きたのは、1959年6月19日。場所は、人口が集中する那覇に隣接した基地(現在の那覇空港がある場所)。訓練の最中、1人の兵士が誤った装置をミサイルの電気回路に接続したため、ブースターが点火。ナイキミサイルは水平に発射され、そのまま海に落下。巻き込まれた兵士1人が即死した。

そして、このミサイルには、レプキー氏が自ら整備した核弾頭が搭載されていたというのである。アメリカ本土からやってきた事故調査団は、現場の兵士たちに、「事故についてはいっさい話すな」と命じたたため、レプキー氏はこれまで事故については誰にも語ることはなかったという。

沖縄の地元紙を見ると、事故が起きた直後、「ミサイル発射寸前に発火」という米軍当局の発表を報じる記事が出ているものの、事故を起こしたのが核兵器ナイキ・ハーキュリーズであることはおろか、実際に核弾頭が搭載されていたことはいっさい書かれていない。58年経って初めて、事故にかかわった当事者がテレビカメラの前で、その詳細を明かしたのである。

沖縄と核――。2年前の2015年、アメリカ国防総省は「本土復帰前の沖縄に核兵器を配備していた事実」を初めて公式に認めた。終戦から27年間アメリカの統治下に置かれていた沖縄に核兵器が配備されていたことは「公然の秘密」とされてきたものの、その内実はほとんど明らかになっていない。

 

 

9月10日(日)午後9時から放送するNHKスペシャル『スクープドキュメント 沖縄と核』取材班は、日本とアメリカで1500点を超える資料を収集し、沖縄での核兵器の運用にかかわった元兵士たちへの取材を重ねた。

ひそかに沖縄に配備された核兵器

沖縄に最初に核兵器が配備されることになったと見られるのは1953年。この年、軍人出身のドワイト・アイゼンハワーが大統領に就任する。その年の7月、朝鮮戦争への対応を話し合うNSC国家安全保障会議)で、アイゼンハワーが発した決定的な言葉が、最高機密指定の議事録に残されている。

「極東の空軍能力を増強せよ。緊急時の使用に備えて、核兵器を沖縄に配備する」

当時、アメリカは、ソビエト連邦を中心とする共産主義陣営との冷戦の真っただ中にあった。アイゼンハワーは、ソ連に比べ技術的に優位を保っていた核兵器を積極的に用いる方針を打ち出した。

しかし、当時はまだICBM大陸間弾道ミサイル)やSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)など、長距離核攻撃を行う技術が開発されていなかったため、アメリカ軍は核兵器を前線基地に配備する必要があった。そこで選ばれたのが、アメリカの統治下にあり、かつ、朝鮮半島や台湾といった共産圏との対立を抱えた地域に近い沖縄だったのである。

ひそかに沖縄に配備された核兵器。その影響を直接受けることになった小さな島がある。沖縄北部、全国的な人気を誇る、あの「美ら海水族館」のすぐ対岸に浮かぶ伊江島である。

 

 

アイゼンハワーが大統領に就任した1953年、伊江島では、米軍による土地接収の通告がなされた。軍は、人々の家や畑を取り壊し、戦闘爆撃機が訓練を行う爆撃場を造った。

今回見つかった文書には、この爆撃場で「LABS(ラブス=低高度爆撃法)」の訓練を行うと記録されている。調べていくと、このラブスとは、当時開発されたばかりの核爆弾の投下方法であった。

地上150メートルという低空で戦闘機が侵入。そして、標的の直前で急上昇し、核爆弾をリリース。核爆弾が放物線を描くようにゆっくりと落下する間に、パイロットは、猛スピードでその場を離脱する。高性能化しつつあった敵のレーダーをかいくぐりつつ、パイロットが核爆発に巻き込まれないよう時間を稼ぐことを目的にした方法である。

住民の命を奪う悲劇

そして、伊江島の人々の土地を奪って行われていたこのラブスの訓練が、住民の命を奪う悲劇を引き起こしていたことも今回の取材で明らかになった。

 

 

1959年9月、落下してきた模擬核爆弾が爆発し、農家の石川清鑑さん(当時28歳)が死亡。米軍の内部文書には、パイロットに爆弾の投下地点を知らせる発煙筒の誤作動が原因だったと記されている。

石川清鑑さんの1人娘、與儀京子(よぎ・きょうこ)さん(58)は、事故が起きた当時、生後9カ月だった。今回初めて、父の死の背景を知ったと言う。こみ上げる思いを、涙をこらえながら語ってくれた。

「なんでこんなことで父は死ななければならなかったのか。軍に土地を取られていなければ、こんなことにはならなかったはず。(父に)いてほしかった……」

 

一方、事故が起きた当時、伊江島で核爆弾の投下訓練を繰り返していたという元戦闘機パイロットは、私たちにこう語った。

「住民が犠牲になったのは気の毒に思う。しかし、当時私たちは、自由主義世界を守るという重要な使命を与えられていたのだ」

極東の安全を守るという大義の下に沖縄に配備された核兵器。しかし、いつしかその運用をめぐっては、国家や軍の論理が最優先され、住民の命は軽視されていった。

核が沖縄にもたらしたものは、事故や住民の被害にとどまらない。取材からは、米軍や米軍基地が、核兵器の配備とともに沖縄中に拡大していった過程が浮かび上がってきた。沖縄は、核の拠点として重視され、基地が強化、拡張されてきたのだ。基地集中の知られざる源流の一つがそこにあった。

現在も、抑止力の名の下に、日本におけるアメリカ軍専用施設の7割が置かれている沖縄。今回の取材で明らかになった「沖縄と核」の知られざる歴史は、沖縄が今も背負い続ける「負担の構造」を浮き彫りにしているのである。

 

 

NHK 沖縄で、あの 『沖縄と核』 スピンオフ - 9月19日から22日まで四日連続放送、お見逃しなく !!!

今日から四日連続『沖縄と核』スピンオフが !
 
NHK 沖縄「おきなわHOT eye」 
9月19-22日 四日連続放送
夕方18:10-から
 
あの衝撃の NHKペシャル・スクープドキュメンタリー『沖縄と核』では網羅できなかったいろんなことが盛り込まれての内容ということなので、
 
これは必見 !
 
日本は、米軍基地だけではない。核兵器も沖縄に押しつけてきたのだ。
 

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機密文書を一つ一つ掘りだし検証していく作業のなかで、

 

米軍基地の沖縄集中の要因に、アメリカと日本の核武装戦略があったということ、

 

そして我々が知らないうちに足元に核兵器を配備され、沖縄は世界最大級の核拠点になっていたこと、

 

そして我々が知らないうちに、いかにポテンシャルな核戦争の最前線におかれていたかということを実証していった。

 

その脅威は
今も現実に続いているということだ。

 

怒りと同時に、県民のあいだで弾薬庫を語るたびに「あの中には…」と、なかばば口伝えに語られてきた気持ちの悪い話が、これですとんと腹におちた感じまでする。

 

沖縄に米軍基地があるということは、こういうこと。

 

沖縄に海兵隊が押しつけられたのもオスプレイが押しつけられたのも、こういうことだ。

 

日本はこの現実にどう直面するのか。

 

まだまだ
これから明らかにされることに期待しつつ

番組制作にかかわった皆さんに心からの敬意と感謝を示したい。

 

まずは今日から四夜連続、夕方18時10からの報道を !

 

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核、本土拒否で沖縄に集中 「NHKスペシャル」制作者 今と重なる構造、告発

琉球新報

核、本土拒否で沖縄に集中 「NHKスペシャル」制作者 今と重なる構造、告発
2017年9月19日 07:00
 
「NHKスペシャル 沖縄と核」の狙いなどを語る同番組ディレクター、今理織さん(右)と松岡哲平さん=15日、東京都内
 
 【東京】NHKが10日に放送した番組「NHKスペシャル 沖縄と核」のディレクター2人は18日までに、琉球新報のインタビューに応じた。「米軍基地が沖縄に集中した要因の一つに核武装があることが分かった」「核の存在のために標的になる危険を米軍も認めていた」などと指摘。
 
沖縄を巡る当時の構造は今の構造と「重なる」と強調した。番組は1959年に米軍那覇飛行場で核弾頭を搭載したミサイルが誤射された事実や、沖縄の基地は核戦争戦略の最前線だったことなどを詳細に明らかにした。
 
 北朝鮮が核ミサイル実験を繰り返す中、番組は大きな反響を呼んでいる。取材は昨年8月から、ディレクター2人と米国の調査員2人の計4人で行われた。ディレクターは2013年から今夏まで沖縄放送局勤務の今(こん)理織(みちおり)さん(41)=NHK放送センター勤務=と、15年から沖縄放送局勤務の松岡哲平さん(36)。
 
 今さんは、米国の核戦略が沖縄への基地集中とどう関わったかについて探っていた。松岡さんは62年のキューバ危機時の核を巡る沖縄の状況に関心を抱いていた。
 
 2人が番組を構想したのは、15年に米国防総省が復帰前の沖縄への核配備を公式に認めたことがきっかけだった。
 
 米軍は当初、本土にも核を置きたかったが反対運動が強く、日本政府が拒否したため米施政権下の沖縄に核が集中していった。
 
 今さんは「米国の核の傘下にある日本は『核は必要だが置くのは嫌』だった。『米軍基地は必要だが、身近にあるのは嫌だ』という今の発想と重なる」と話す。
 
 松岡さんは、沖縄の核の問題を総合的に描くことで「点と点を線にできた。核を通して、沖縄にどのような負担をかけてきたかを描けた」と語る。米軍北部訓練場でのヘリ訓練は当初、核兵器使用を想定した訓練だったことも判明したという。
 
 番組に盛り込めなかった内容を、NHK沖縄放送局のニュース「おきなわHOT eye」内で、19~22日まで連日放送予定。
 
「NHKスペシャル 沖縄と核」は20日午前0時10分から、NHK総合テレビで再放送する。

おい、またか (怒) ! 9月21日に嘉手納基地でパラシュート降下訓練 !? - 米軍が嘉手納をパラシュート降下訓練に使いたがる理由は、そこが市街地だからだ !

おそろしい話だ。

 

ここまで在沖米軍が沖縄で野放図になれるということが。

 

また今月

9月21日嘉手納基地でパラシュート降下訓練を強行するという。

 

沖縄県嘉手納町が SACO 合意違反だと強く抗議し、防衛省も米側に抗議したにもかかわらず、

 

そもそも1996年の SACO 合意ではパラシュート降下訓練を伊江島補助飛行場へ移転することで合意したはずだが、そんなことはおかまいなしだ。

 


今回もそうだが、

米軍はなぜ伊江島補助飛行場ではなく、わざわざ住宅密集地のど真ん中にある嘉手納での降下訓練を選ぶのか。

 

 

もう、言葉がない。

どんな言葉も通用しない。

協定も、言葉も、人間性も、常識も、なにもかも、

なにもかも、通用しない。

 

言葉が通じないのだ。

在沖米軍基地の傲慢さには。

 

米軍のホームページでは、SACO 合意を危険度の高い訓練の際に「迅速なサポート提供するためには嘉手納は適している、などとぬけぬけと語り、自慢そうに写真を見せびらかす。

 

DVIDS - Images - USAF, USA members maintain jump proficiency [Image 7 of 8]

これはアメリカ人のバンジージャンプなのか。

USAF, USA members maintain jump proficiency [ に対する画像結果

伊江島ではなく嘉手納で降下訓練をやりたい理由。

USAF, USA members maintain jump proficiency [ に対する画像結果

 たのしそうだな。

 

そう、

 

米軍は、嘉手納の住民と町を、軍事訓練のダミー (標的人形) に見立て、わざと市街地で危険度を高めた訓練をやっているのだ。

 

眼下の住宅密集地を敵陣に見立て、

兵士に現地の興奮と危機感を味あわせる訓練 !

 

嘉手納基地で夜間のパラシュート降下訓練を強行

 

嘉手納でこんな訓練が可能であるなら、

次はニューヨークのセントラルパークで同じ訓練をやればいい。

 

セントラルパーク に対する画像結果

セントラルパークを囲んで住宅密集地がひろがるマンハッタン。

 

 

東京で自衛隊が降下訓練するとしたらどうだ ?

皇居のまわりに広がる東京

 

京都で降下訓練するとしたら住民は声をあげないだろうか ?

 

 

ならば、なぜ沖縄ならこんなことが許されるのか。

 

住民がそろって抗議の声をあげているのに、

アメリカでできない特殊作戦部隊の訓練を沖縄に持ってきて、それでも安倍はのうのうと負担軽減だという

 

 

米軍パラシュート訓練:「住民軽視だ」沖縄県が日米政府に抗議

沖縄タイムス+プラス

2017年9月16日 17:23

 米軍嘉手納基地でのパラシュート降下訓練の情報を受け、沖縄県は15日、日米両政府と在日米軍へ抗議し、訓練の中止を求めた。謝花喜一郎知事公室長は「日米特別行動委員会(SACO)合意や地域住民を軽視するものだ」と米軍の姿勢を非難した。

 謝花氏は、今年8月の日米安全保障協議委員会(2プラス2)で日本政府が米側へパラシュート訓練に関する沖縄の懸念を伝えたことに触れ、それでも訓練を強行する米軍の姿勢を「強い怒りを禁じ得ない」と批判。日本政府に対しても当事者責任として、米側へ中止を働き掛けるよう求めた。県幹部からも、日米両政府への批判が相次いだ。幹部の一人は、訓練の一報を聞き「だめだ、だめ」とまくし立てた。日米合同委合意で嘉手納基地の使用は「例外的」とされているが、今回も例外的に使用する理由は示されなかった。

 幹部は「嘉手納基地の使用ありきだ」と指摘し、「仮に伊江島補助飛行場でできない理由があるなら、できるまで待てばいい。なし崩し的に嘉手納で繰り返し、恒常化を狙っている」と不信感を募らせた。

 別の幹部は、2プラス2で懸念を示す日本側に対し、マティス米国防長官も負担軽減の必要性を認識していたことを挙げ、「米軍が強行するようなことがあってはならない。日米両政府の姿勢が問われている」と注文を付けた。

三連協、嘉手納通告を批判 相次ぐ例外「容認できぬ」

 【中部】米軍が嘉手納基地でのパラシュート降下訓練の21日の実施を通告した問題で、沖縄市嘉手納町北谷町でつくる三市町連絡協議会(三連協)の首長は15日、「断じて容認できない」と批判の声を上げた。

 同日午後4時半ごろ、嘉手納基地第18任務支援群司令官のポール・オルダム大佐から電話で直接、連絡を受けた當山宏嘉手納町長。オルダム大佐が主張する例外的との理由は「いずれも受け入れられない」とし、訓練の即時中止を求めた。

 同訓練は4、5月と続けて実施され、結果的に中止されたが6月にも予定されていた。當山町長はこの経緯を挙げ「SACO合意に明らかに反する。年間4回は例外とはいえず、我々はこのような運用を認めていない」と指摘。「町民を無視することは決して許されない。強行したら住民の不信感が多いに高まることを認識してほしい」とくぎを刺した。

 野国昌春北谷町長も「いかなる理由でも、嘉手納での訓練を認めるわけにはいかない」と批判。「2プラス2でも訓練の中止を求める地元の意向が、米側には伝わっていない結果だ」と指摘した。桑江朝千夫沖縄市長は「米軍のなし崩し的な運用は降下訓練の常態化を招く危険性がある」と指摘。「基地負担の軽減に逆行するものであり、断じて容認できるものではない。SACO合意は順守すべきである」と求めた。

沖縄・自民も改善を要求 沖日米協議会提案も

 【平安名純代・米国特約記者】米ワシントンを訪問中の沖縄県議会野党会派「沖縄・自民」は14日、米海兵隊トップのネラー総司令官と面談し、米軍機事故や嘉手納基地での旧駐機場使用やパラシュート降下訓練などの問題について改善を求めた。米軍普天間飛行場の早期返還も求め、日米と沖縄を交えた連絡協議会の設置も提案した。

 訪米団長の中川京貴県議によると、米国防総省内で面談したネラー氏は沖縄で約3年の駐留経験があり、沖縄の基地問題も熟知している。中川氏は「地元との信頼関係なくして日米安保は維持できないと強調し、諸問題の解決を図るためにも日米沖の連絡協議会の設置を要請した」と、面談内容を説明した。

 同会派の訪米は初めて。県議12人に県関係の自民党国会議員や、内閣府の島尻安伊子大臣補佐官、外務省参与の又吉進元知事公室長らが同行した。

 13日にはグアム選出のボダリオ下院議員と面談。同氏事務所側は本紙に対し、「在沖米海兵のグアム移転や普天間問題を巡る有益な意見交換だった」と評価した。ボスティー国防総省日本部長代行やチャン国務省日本部長、米戦略研究所(CSIS)やマンスフィールド財団、カーネギー研究所などの研究者らとも面談し、基地問題で協議した。

 

 

宮古島のまもるくんが負傷、そして入院した - けっして住民から「まもるくん」のように愛されない機動隊 - 

 

台風が過ぎ去った。

そして、まもるくんが入院した。

 

あの台風18号のさなかでも、宮古島の人々を見守る任務についていた、あの「まもるくん」だ。

 

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ふたりのまもるくんが負傷した状態で発見され、道路に運んでもらって、そして入院中である。元気になったら、また勤務に戻るというから、頼もしい。

 

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まもる君 台風で“負傷” 立ち番の2体 宮古島 - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース

 台風18号の影響で、宮古島市内各地で交通安全の立ち番勤務をする警察官型人形「宮古島まもる君」2体が14日、“負傷”した状態で発見された。1体目は市平良の交差点に立っていたが、本来いた場所から約50メートル離れた畑の中に泥だらけで倒れていた。2体目は市上野にいたまもる君だ。

 

 

 突風で飛ばされた後、誰かが運んで道沿いに寝かせたとみられる。まもる君を管理する宮古島地区交通安全協会は2体を“入院”させた上で、再度立ち番勤務に復帰させる予定。

 

まもるくんが突風で吹き飛ばされても、宮古島の住民の誰かが運んでくれる。

 

日頃のまもるくんをみんなが愛しているからだ。

 

まもるくんは、住民を暴力的に排除したり、「土人」と呼んだりはしない。

 

 

女性に頭蓋骨骨折などのけがを負わせたりもしない。

 

 

住民を見守るのが、まもるくんのお仕事だ。

 

市民を強制的に運びだし排気ガスの中に囲い込む、

どこぞの警察幹部とは大違い。

  

 

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まもるくんの背中は大きいが、

機動隊は住民に愛されることもない。

 

宮古島の人々に愛されているまもるくん、

ゆっくり養生して、また任務に復帰してくださいよ。

 

 宮古まもる君のこと | 沖縄 | 宮古島 | 宮古まもる君のこと 宮古まもる君のこと サトウキビ

チビチリガマ荒らしで少年4人を逮捕 - チビチリガマを荒らしたのはいったい誰だ?

チビチリガマを荒らしたとして、16歳から19歳の少年四人が逮捕された


まだ、詳しい状況はわかっておらず、今後の捜査と報告にゆだねるしかない。

 

もしこの島の少年たちが沖縄の戦争遺跡ガマを荒らし 遺品を壊したことが事実であるならば、

 

私たち大人は、この少年ら以上に、この事を重く考え、見直していかなくてはならないだろう。

 

右派の歴史修正論 (historical revisionism) が猛威をふるい、「集団自決」に日本軍の関与を否定する裁判やら教科書問題がおこった。

 

いま、この国の多くの歴史教科書でその記述が削除されたまま、いまや右翼系の番組やネットは、軍の関与どころか、「集団自決」そのものすらが「なかった」などと、「集団自決」否定論を堂々と垂れ流すようになってしまった。

 

教科書に沖縄戦「集団自決」 10年ぶり復活 日本史最大手の山川出版

沖縄タイムス

2016年12月1日 07:49

 来春から使われる高校日本史教科書で、山川出版が日本史Bの「詳説日本史 改訂版」で沖縄戦「集団自決(強制集団死)」に関する記述を復活させたことが30日分かった。同教科書は、主に普通科高校などが使う日本史Bの中でシェア6割を占めるが、2007年度以降に供給された本からは記述がなくなり沖縄戦体験者らが復活を求めていた。

 

こうした、数年前とは全く違う今の情報環境にとりまかれ、安易な歴史修正主義に最も無防備にさらされているのが若者たち、子どもたちだ。

 

つまり、

チビチリガマは、もうずいぶん以前から歴史修正主義ネトウヨたちに荒らされていたのである。

 

そして、

 

さらにいえば、今の世代の大人たちである我々が日々の生活に終われ、子供たちに、沖縄の辿ってきた苦難の道のり、その歴史を語り伝えるのをおろそかにしていなかっただろうか。

 

過去の戦争を語るのは、暗い・面倒だ・知らなくていいと、私たちの歴史から目をそむけ、避けてとおるすがたを見せつづけてきたのではないか?

 

今ここで生きている我々世代が、戦争から始まった沖縄の悲劇と不条理を意識的に伝えなければ、歴史の継承は途絶え、未来を生きる子供たちの 生き残っていく為の叡智になる事はない。

 

苦難の中で死んでいった戦死者に、ウヤファーフジに、どんな言い訳をすればいいのか。

 

小学生の無垢ないたずらなどではない。16から19歳の分別のついた青年たちがこのような非常識で悲しい犯罪を犯してしまったのならば、

 

反省すべきは、

沖縄の過去に無頓着・悲劇を語るなど自虐的だと、

今がよければすべてよしだと 戦死者・まだ地に眠る先祖の遺骨に想いをよせることすら忘れ、

過去を年寄りに押し付け、

 

基地など大した経済効果にはならぬが、お金になればいいではないかと軍隊の駐留を歓迎して利用し、

 

軍事やカネより、命どぅ宝だという、

うちなーの精神に矛盾する背中を子供に見せてきた 大人たちの方でないだろうか。

  

チビチリガマ荒らした容疑、少年4人逮捕 沖縄県警

朝日新聞デジタル

 沖縄戦の際に住民83人が「集団自決」に追い込まれた沖縄県読谷(よみたん)村の洞窟「チビチリガマ」が荒らされた事件で、沖縄県警嘉手納署は15日、県内の16~19歳の少年4人を器物損壊の疑いで逮捕した。16日発表した。4人は容疑を認めているという。

 

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 © 朝日新聞 荒らされたチビチリガマの内部。遺品のつぼや瓶が割られていた=12日午後5時9分、沖縄県読谷村、上遠野郷撮影 

 

 逮捕されたのは、いずれも本島中部在住の無職や型枠解体工の少年4人。嘉手納署によると、4人は5日正午ごろから12日午前11時ごろまでの間に、読谷村波平のチビチリガマで、看板2枚や額1枚、供えられていた千羽鶴4束を壊した疑いがもたれている。

 チビチリガマ読谷村が戦争遺跡として文化財に指定し、平和学習の場として活用されている。12日午前、千羽鶴が引きちぎられたり、洞窟の奥にあった遺品のつぼや瓶などが割られたりしているのが見つかり、遺族会が15日、嘉手納署に被害届を提出していた。県警は動機などについても調べる。(上遠野郷)

     ◇

 〈チビチリガマ〉 読谷村にある自然洞窟(ガマ)。村史によると、沖縄戦の際、住民約140人が避難したが、米軍が沖縄本島に上陸した翌日の1945年4月2日、このうちの83人が「集団自決」した。毛布などに火がつけられ、「地獄絵図さながらの惨状」となったという。遺族は長年口を閉ざし、戦後38年たって真相が明らかになった。87年、遺族らにより入り口に「世代を結ぶ平和の像」が建立されたが、同年、右翼団体員により破壊された。沖縄国体の読谷村の会場で掲揚された日の丸が、村民によって焼き捨てられたことへの報復だったとされる。95年に再建された。

  

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午後になり、

続報がでてきた。

 ・・・・やはり肝試し。

 

海外のサイトでも haunted cave として紹介されているチビチリガマ。若者たちが頻繁に利用する youtube では、そう紹介されているものも多くみられる。

 

バイクも乗れるほどいい歳こいて、チビチリガマの歴史的知識もなく、いわゆる「幽霊ホテル」などと一緒の「感覚」でとらえていたのだ。 

 

「肝試しに行こうと思った」 チビチリガマ損壊容疑の少年 いたずら目的か

琉球新報

2017年9月16日 11:17 沖縄戦で住民が「集団自決」(強制集団死)に追い込まれた読谷村波平の自然壕で同村指定文化財チビチリガマが荒らされた事件で、嘉手納署は16日、器物損壊容疑で15日に逮捕された少年4人のうちの一部が心霊スポットに行こう(と思った)」「肝試しに行こう(と思った)」などと話していることを明らかにした。

 事件が発覚した後に、一般人から「少年がチビチリガマを荒らしたのが分かった」という連絡が他の署の警察官を介して嘉手納署にあった。少年らは10日の午前中、他の数人の少年とともにバイクでチビチリガマを訪れたと供述しているという。4人以外の少年は損壊行為に対して「やるな」と制止したという。

 損壊行為には棒を使ったという供述もあり、嘉手納署が裏付け捜査を進めている。【琉球新報電子版】

 

ただ、少しだけなぐさめられるのは、

制止した少年たちもいたということである。

 

チビチリガマは心霊スポットなんかではない。

まわりにそれを伝えてくれる人はいなかったのか。

 

twitter.com

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沖縄取材でチビチリガマ破壊現場に遭遇 - パレスチナと共に生きるイスラエル人ジャーナリスト、アミラ・ハスさんの講演会スケジュール

 

先日、9月12日、

読谷村の知花さんが、沖縄を取材中のイスラエル人ジャーナリストを地元のちいさなガマに案内した。

 

青い空の下でざわわと鳴るサトウキビ畑を通りすぎ、

目に染みるほどの濃い緑の地所におりたち、

小さなガマの入り口に立った時、

 

その時のことだ。

あの、目を疑う卑劣な現状をつきつけられたのは。

 

youtu.be

 

「平和」と書かれたプレートは激しく破壊され投げとばされ、祈りの手で編まれた千羽鶴はひきちぎられ、72年前をとどめる遺品は破壊され、ちいさな遺骨までもが踏み散らかされていた。

 

遠い中東のカナンと呼ばれた地からやってきて、

 

そして、この祈りの墓所

見るも無残に破壊されているのを

目の当たりにしたとき、

 

この人は一体何を感じただろうか。

 

彼女の名は、アミラ・ハス

 

 

両親はナチスドイツのユダヤ人虐殺ホロコーストのサバイバーである。

 

イスラエル人でありつつ、ガザや西岸地区に生活の拠点を持ち、パレスチナの人々と共に生きながら取材を続けていく、その一貫した彼女の姿勢で「国境なき報道者賞」など、多くの賞を受賞している。

 

今回の彼女の来日は、イスラエルによるパレスチナ占領50年の節目に、市民のクラウド・ファンディングで日本への招へいが実現したものだった。

 

〔パレスチナ占領から50年〕イスラエル人記者、アミラ・ハスさんと日本で語りたい!

 2017年は、西岸・ガザ地区占領(1967年)から50年であるだけでなく、英国がユダヤ人の国家建設を約束したバルフォア宣言(1917年)から100年、国連パレスチナ分割決議(1947年)から70年、インティファーダ発生(1987年)から30年、ガザ地区封鎖(2007年)から10年という、パレスチナにとって大きな節目の年でもあります。

パレスチナ問題は難しくてわからない」。そんなあなたにこそ参加して欲しいイベントを立ち上げました。それがアミラ・ハスさんを日本に招へいするこの企画です。

 

 

アミラ・ハス氏来日 スケジュール

土井敏邦・パレスチナ記録の会

2017年9月

11日(月)~13日(水) 沖縄取材
14日(木) 沖縄・講演

18:30 - 20:30 沖縄キリスト教学院シャローム会館

パレスチナ占領50年をアミラ・ハスと考える

 

17日(日) 東京・講演

13:00 - 18:30 東京大学 経済学部研究棟(本郷)

「占領50年のパレスチナとイスラエル」

ゲスト:臼杵陽 氏(中東研究者)

 

18日(月・祝) 東京・講演

13:00 - 18:00 東京大学 経済学部研究棟(本郷)

「パレスチナと日本」

ゲスト:
森住卓 氏(フォトジャーナリスト)
ジャン・ユンカーマン 氏(映画監督)

 

20日(水) 東京・講演

18:00 - 21:15 東京・文京区民センター

(ジャーナリストとの対話集会)
「ジャーナリストはなぜ、なにを、どのように伝えるのか」
イスラエル人ジャーナリスト、アミラ・ハス氏との対話

ゲスト:金平茂紀 氏(TBS「報道特集」キャスター)

 

23日(土) 京都・講演

13:00 - 17:00 京都大学 ・吉田南キャンパス

《占領》と闘う──ジャーナリストとして、人間として

主催:京都大学大学院 人間・環境学研究科 岡真理研究室

 

24日(日) 広島・講演

14:00 - 16:35 「ひと・まちプラザ」(まちづくり市民交流プラザ)

パレスチナ占領50年をアミラ・ハスと考える・広島

 

26日(木)~28日(土) 福島取材
被災地・被災者の取材

 

壁に分断され極度の人口密集地となっているガザ

ガザ フェンス に対する画像結果

  

ある本土の友人は

初めて沖縄を訪れた時、

延々と続くフェンスに阻まれ、しりごみして、

まるでパレスチナのようだと語った。

 

米軍の壁とフェンスで囲まれた街。

 

ドヤ顔で返還式典にくる米軍と政府。しかし、27年かかってやっと普天間「0.8%」返還とは、いったいどんな「返還」なのか、実際に見てほしい。 - Osprey Fuan Club

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戦後72年の長きにわたり

米国の統治領だった時代から「本土復帰」してもなお、

米軍基地は沖縄を占領し、虫食いのように分断する。

 

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それはまるで

アウシュビッツを彷彿とさせる壁に分断され

西岸地区内ですらイスラエル軍に食いちぎられていく

そんなパレスチナと似ていなくもない。

 

村上春樹 イスラエル 壁 に対する画像結果

 

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パレスチナも沖縄も

すべて私たちは根底でつながっている。

 

権力はいとも簡単に傲慢に

人々の面前に壁やフェンスをたてて分断し、

その生活を奪い土地を奪い

機動隊やら犬やらをけしかける。

 

修正主義者は歴史を否定する。

反ユダヤ主義者はホロコーストを否定し

シオン主義はパレスチナ人は侵略者だといい

ネトウヨは「集団自決」はなかったという。

 

テロの意味も知らぬまま、

壁に抗議する者たちはテロリストだなどという。

 

そんな歴史否定論者たちには、

5年前の村上春樹のスピーチを引用したいのだ。

 

 

高く、堅い壁と、それに当たって砕ける卵があれば、私は常に卵の側に立つ

 

村上春樹 エルサレム賞受賞スピーチ(『壁と卵』) - 中野拓のブログ

 しかも、たとえ壁がどんなに正しくて、卵がどんなに間違っていようとも、私は卵の側に立つのです。他の人は、何が正しくて何が間違っているか決めなければいけないでしょう。ひょっとすれば、時間や歴史が、決めることもあるでしょう。理由が何であれ、仮に、壁の側に立って作品を書く小説家がいるとすれば、そのような作品に如何なる価値があるでしょうか。
このメタファーの意味するところは何でしょうか。ある場合においては、それはあまりに単純で明白です。爆撃機、戦車、ロケット砲、白リン弾が、その高く堅い壁です。卵は、それによって、蹂躙され、焼かれ、撃たれる非武装市民です。これは、メタファーの意味の1つです。

 でも、これで全てというわけではありません。より深い意味もあるのです。こんなふうに考えてみてください。私たちのそれぞれが、多かれ少なかれ、1個の卵なのだと。私たちのそれぞれは、脆い殻の中に閉じ込められた、ユニークでかけがえのない魂です。これは、私にとっても当てはまりますし、皆さん方のそれぞれにとってもあてはまります。そして、私たちそれぞれは、程度の差こそあれ、高く堅い壁に直面しているのです。壁には名前があります。「システム」です。システムは、私たちを守るべきものです。しかし、時には、それ自身が生命を帯び、私たちを殺し、私たちに他者を殺させることがあります。冷たく、効率的に、システマティックに。

 私が小説を書く理由は1つだけです。それは、個人の魂の尊厳を外側に持ってきて、光を当てることです。物語の目的は、警鐘を鳴らし、システムがその網の中に私たちの魂を絡めとり、損なうことがないように、システムに光を照射し続けることです。私は、小説家の仕事とは、物語―生と死の物語、愛の物語、人をして涙させ、恐怖で震わせ、可笑しみでクツクツと笑わせるような物語―を書くことによって、それぞれの魂の唯一性を明確なものにしようと挑戦し続けることであると、心から信じています。これが、私が、毎日進み続け、来る日も来る日も真剣にフィクションを生み出している理由なのです。

 

いま、

沖縄やパレスチナでおこっていることは

日本のどこでもおこりうること、

世界のどこでもおこりうることであり、

そして実際におこってる。

 

ぜひアミラ・ハスさんの講演会にでかけてほしい。

 

私たちの目の前にある、

この高く堅い壁を勇気をもって直視するために。

 

在沖海兵隊の二転三転ウソばかり - オスプレイ墜落事故は、訓練区域外での夜間空中給油訓練中に発生した接触事故が原因だった!!

 

去年の12月13日

名護市沿岸で墜落大破したオスプレイの件について、

 

先日9月11日にやっと事故報告書を出してきたが。

 

昨日は、在日米海兵隊の公式ホームページに掲載された事故調査報告がバカ嘘だらけでひどすぎる件をお伝えした。

 

これが九か月もかけて明らかになった事故調査結果か? - 在日米海兵隊 HP のオスプレイ事故調査報告がひどすぎてお話にならない - 在沖海兵隊がバカなのか、それとも日本が在沖海兵隊にバカにされているのか、答えはどちらだ !?


 

しかし、正式に米軍から提示された事故調査報告書は、肝心な場所はほぼノリ弁当だった。

 

米軍、300ページ超を非公開 情報開示に消極姿勢

2017年9月12日 10:52  琉球新報

オスプレイ墜落事故について、米軍がまとめた218ページにおよぶ事故調査報告書では、事故の発生前や、発生時、起きた後の経過について記述しているが、それを踏まえた「意見」や「提言」については、全て「黒塗り」にされた。また事故についての面談や証言記録など300ページ以上の資料は、そもそも米国法令に基づき公開すらされず、米軍の情報開示に消極的な姿勢が際立った。


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 報告書は、搭乗員5人のこれまでの訓練経験や、事故前の72時間、事故発生時の飛行訓練、発生後の救出などについてまとめている。時間軸に沿って報告しているが、各資料の固有名詞や機密情報などが黒塗りとされているほか、事故を踏まえての「意見」や「提言」は、ほぼ5ページにわたり真っ黒だった。

 報告書には、事故にまつわる面談や証言、訓練の記録など56におよぶ資料も別添された。しかし20以上の資料は米国の政府の記録や資料の公開について定めた「情報の自由法(FOIA)」に基づき、「法令に基づき公開しない」旨が書かれた1枚の紙がそれぞれ添付されただけだった。公開されなかった資料は300ページ以上となるほか、飛行に関するエクセルデータやマニュアル、ビデオ資料なども公開されなかった。

 公開された別添資料でも、所々黒塗りされているほか、飛行関係資料などは全て黒塗りされていた。

 

そして、

そのノリ弁当からわかったことは、

  

事故機はなんと、

訓練区域外与論島

夜間空中給油訓練をしていたということ。

 

 「名護市沿岸で空中空輸訓練」は !!

 

米軍の区域外訓練、なし崩しに 背景は1987年に一転した政府答弁

沖縄タイムス+プラス プレミアム | 沖縄タイムス+プラス

  

しかも、何度も何度も給油管接続に失敗していたらしいではないか。

 

空中給油「何度も失敗」昨年12月 名護墜落のオスプレイ 15年も別機 同様の事故

2017年9月12日(火)

 在沖縄米海兵隊が4月28日にまとめた報告書によると、事故機は午後6時17分に普天間基地沖縄県宜野湾市)を離陸した後、午後8時以降にMC130特殊作戦機と合流し、空中給油訓練を開始しました。

 しかし、オスプレイはMC130の給油口(ドローグ)への給油管(プローブ)の接続に何度も失敗。報告書によると、「4~5回接続を試みた」後もさらに試みたとしています。

 さらに午後9時9分ごろ、残燃料に関する警告を受けたため、普天間への帰投を決定。同18分ごろ、鹿児島県の与論空港沖約15キロメートルの地点で最後の接続を試みた際、オスプレイパイロットがMC130との適切な距離を保つことができず、右側のプロペラにドローグが接触。これにより機体が大きく振動し、左右のバランスが保てなくなり、同29分、名護市安部の浅瀬に墜落しました。

 さらに、報告書によれば、2015年にも米本土で別のオスプレイが今回と同様、プロペラとドローグの接触事故を起こしていました。防衛省は今年1月5日の報道発表で、「オスプレイの空中給油に際して、このような接触が発生したのは、今回が初めてである」としていましたが、全くの虚偽説明だったといえます。

 

「接触事故発生は初めて」も !!

 

しかも何度もドローブの接続に何度も何度も何度も失敗、挙句に右側のプロペラがドローグに接触、このショックで左右のバランスを崩し墜落。

 

これを構造上の欠陥といわずしてなんと呼ぶ?

すべてパイロットの操縦ミスにするなどエゲツナイな。

 

 パイロットの操縦ミスで、機体の不具合などはなかった」との報告だって だろう!?

 

そもそも、ニコルソンは、パイロットが市街地を避け、ここに不時着したのだから、ありがたいと感謝しろ、などとわめいたが、

あの「市街地を避けて」も   !

 

だいたい、与論島から普天間のルートのどこに市街地があるんだ !

 

市街地を避けて飛行したのではない、

オスプレイ

普天間という市街地に向かって飛行していた。

それが真実だ (怒) !

 

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嘘、嘘、嘘。

嘘で固めた報告書。

 

嘘を前提としなければ

飛ばす事もできない欠陥機オスプレイ(怒)

 

九か月もかけてだした事故調査報告の

事件当初とはまったく異なる報告に、

怒りをこえて呆れかえる。

 

オスプレイは嘘だらけだ !

 

 

去年大破のオスプレイ 不時着前に与論沖で接触事故

MBC ニュース  2017/09/11 18:18

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去年12月、アメリカ軍の輸送機オスプレイが、沖縄県の海岸で不時着を試み大破した事故で、このオスプレイは、大破する前、鹿児島県の与論島近くで訓練中に接触事故を起こしていたことが分かりました。

これは11日、政府が発表したアメリカからの調査報告書で明らかになったものです。
報告書によりますと、オスプレイは沖縄の普天間基地所属で、去年12月13日午後9時18分ごろ、与論島与論空港から南東およそ15キロの海域上空で、空中給油の訓練中、給油機のホースと接触したということです。

オスプレイはホースと接触したおよそ10分後に、沖縄県名護市の海岸で不時着を試み大破しました。

アメリカ側は報告書の中で、「パイロットの操縦ミスで、機体の不具合などはなかった」と結論づけています。

与論島近くの空域でオスプレイへの空中給油訓練が行われていたことについて、与論町の防災担当者は「島の東側の海上がオスプレイの訓練海域になっていたのは知っていたが、15キロという近い海域だったことに驚いている」と話しています。

 

 

区域外の米軍訓練、沖縄県が外務省に抗議 翁長知事「地位協定が壁」

沖縄タイムス

 2017年9月13日 10:24

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 【東京】名護市沿岸でのオスプレイ墜落事故の調査報告書で、空中給油訓練が区域外の鹿児島県与論島の近くで実施されていたことが明らかになったことを受け、沖縄県の翁長雄志知事は12日、外務省で佐藤正久副大臣に、政府が米側へ自由な運用を認めていることに抗議した。

 翁長知事は、基地外で発生した米軍関係の事件・事故へ日本の捜査権行使を明記するなど、県が17年ぶりに刷新した日米地位協定の見直しの要請書を手渡すために外務省を訪れていた。 政府は、本土復帰間もない1975年には区域外での米軍の訓練を明確に否定していたが87年までには、射撃など日米合意で特別に定められている訓練以外は、区域外でも可能だと解釈を変更するなど、見解が変遷している。佐藤副大臣は「地位協定のあるべき姿を不断に追求することが大事」と応じるも、区域外で訓練が認められる範囲や見解の変遷経緯など詳細については答えなかったという。

 会談後、翁長知事は記者団に「区域外の与論島で夜間訓練をし、ずっと海岸線を飛んで力尽きて落ちた。(米側の説明した)市街地を避けたのではない。大変残念だ」と苦言。

日本側で墜落原因の究明や機体の差し押さえなどもできず、訓練場所の情報提供もない現状に「説明も原因究明もなく、再発防止策も一辺倒。地位協定の壁があり、大変なむなしさを感じる」と述べた。