Osprey Fuan Club

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「感謝祭」の季節がやってきた - 在沖米軍「感謝」の流儀

 11月の第四木曜日は感謝祭。

 

 

アメリカ大使館のツイートがリンクで紹介している感謝祭のページ、いまだにこんなレイシスト丸出しの絵 ⇩ を使っていることに驚く。

感謝祭 11月第4木曜日|About THE USA|アメリカンセンターJAPAN

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この絵の何が問題でレイシスト的なのかは、こちらから。*1

 

ともかく感謝祭だ。

 

それで想起されるのが、
在沖米軍の「感謝」の流儀である。


2018年11月14日、玉城知事の渡米

 

渡米した玉城デニー知事は、国務省でナッパー国務次官補代理代行、ボスティ国防総省日本部長代行と会談した。

 

玉城氏が県の首長として辺野古移設の見直しと三者協議を明確に求めたのに対し、

 

[知事訪米]玉城知事、県と日米両政府の3者協議を要請 辺野古移設 米は返答せず

琉球新報

2018年11月16日 05:00

玉城知事は米軍普天間飛行場移設に伴う名護市辺野古の新基地建設に反対の意向を伝え、県と日米両政府の3者協議を開催するよう要請した。米側は「辺野古が唯一の解決策」と従来の見解を繰り返し、3者協議についても明確な返答はなかった。会談後、国務省は「普天間飛行場の代替施設建設は揺るぎないコミットメント(約束)」と声明を出し、玉城知事と米政府関係者との初会談は平行線に終わった。

 

 また、埋め立て予定地の一部が軟弱地盤とされていることも説明。地盤改良など、工法の変更には県知事の許可が必要であり「工事の完成にはまだまだ時間がかかる」と伝えたが、米政府側からのコメントはなかったという。「日本と米国は双方がこの問題のおのおのの当事者であり、責任者であることを忘れないでほしい」と、米政府側に強く訴えた。

 

国務省でナッパー国務副次官補代行(左中央)らと会談する沖縄県玉城デニー知事(右手前)=14日、ワシントン(沖縄県提供)

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アメリカ大使館は、一方的に「感謝」を発表した。

 

 

こちらの主張はいっさい言及せず、わざと和やかな写真を選んで、一方的に「感謝」広報するあたり、いつものやり方である。

 

言葉が通じないのだろうか。

 

沖縄が求めているのは、

感謝ではない。

 

沖縄を押しつぶしている、その迷惑な足をどけてくれ、といっているのだ。

 


ぜひご覧になってほしい。

在沖米軍の「感謝」とはいったいどういうものなのか。

 

 

2017年10月11日、東村高江ヘリ墜落事故

 

また、昨年の東村高江ヘリ墜落事故では、

 

12月になって米軍は被害者の農場主を米軍の食事会に招待した。農場主は多忙を理由に招待を断ったのにもかかわらず、どやどやとカメラマンを連れて農場に押しかけ、勝手に感謝状を手渡す感謝祭をおっぱじめた。

 

そしてその写真を持ち帰りざま、すぐに SNS に掲載し、広報に利用した。

 

ospreyfuanclub.hatenablog.com

ここでも、わざと笑顔に見える写真を選んだ。

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農場主もこう語った。「あきれて物が言えない。我慢してくれたから感謝状なのか。何か自分から協力したわけでない。何に対する感謝状なのか」

 

 

2016年12月13日、名護市安部オスプレイ墜落事故

 

さらに一昨年、

 名護市安部でのオスプレイ墜落事故では、

 

抗議した県側に、ニコルソン四軍調整官は、声を荒げ、机をバンバンと叩き、「県民や住宅に被害を与えなかったことは感謝されるべきだ」と主張した。

 

ospreyfuanclub.hatenablog.com

 

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.
つまり
こういうことだ。

 

米軍は
被害をかけたことに

 

謝罪するのではなく
感謝する。

 

何の価値もない紙きれをもってやって来る。

 

そして、さらに謝罪を求めると、机をバンバンと叩いて
「感謝すべきだ」などと恫喝する。

 

これが在日米軍の「感謝」である。

  
 
 

*1:

感謝祭に呼ばれたら気をつけろ !

 

日本の世界史でも「ピルグリム・ファーザーズ」のことを学んだかもしれない。1620年、メイフラワー号で「新大陸」に到着した英国の入植者たちは、実は最初の冬を越せずになんと半数近くが飢餓と病気で死んだ。

 

もし近隣の先住民が食糧や物資を援助し面倒を見ていなければ、また先住民は作物などの作り方や魚のとり方などを白人に教え、生きるすべを教えなければ、プリマス植民地の白人は確実に全滅していただろう。

 

それでなんとか一年を生きのびた半数のぼろぼろの白人たちが、一年後1621年の秋に、せめてものお礼にと先住民を感謝のお食事会に招待した。それが今の感謝祭 (Thanksgiving Day) の始まり・ルーツだと言われる。白人植民地によばれた先住民は、死にかけの白人を助けてきた優しい人たちなので友好の証として招待をことわらなかった。

 

しかし、そのことを後の白人が描けば、こういう構図になる。これほど豊かであったなら、冬に半数が死ぬわけもないから、それ自体でもう偽絵だが、この絵を見たら、ピューリタンを助けてきた先住民たちは皆、グソーから怒りの声をあげるだろう。

 

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遠近法の中央に白人男性をすえ、白人女性、その下に先住民と子どもと犬を配置する。この構図そのものが白人男性中心主義のハイアラーキーを表す。祭りに招待された先住民は、その底辺で犬と同列に地べたに座らされ、施しをもらったように描かれる。

 

そして、歴史のファクトよりも、この構図が独り歩きし始める。その背後にある思想が流布するようになる。実際には、先住民に食べ物をめぐんでもらって生きながらえたのは白人入植者だったにもかかわらず、その命の恩人の先住民を犬と同列に地べたに座せて、施し物をしたと。

 

それがここに描かれている「感謝」である。