Osprey Fuan Club

~ 沖縄の歴史から現代の政治まで ~

72年前のきょう 1945年5月2日 「私もウチナーンチューです」

世界各地には、沖縄県出身者やその子、孫、ひ孫たちがいる。

昨年10月には、彼らが故郷を訪れて、繋がりを広げ、絆を深めるための『世界ウチナーンチュ大会』が開催された。

大会に参加したウチナーンチュは皆、自身のルーツを誇りにし、世界各地で頑張っている。

多民族や移民で形成された国々に暮らす彼らは、

沖縄、ウチナー、琉球、という島国の『アイデンティティ』や『ルーツ』への想い、意識が非常に強い。

しかし、そのような彼らとは対照的に、

ここ沖縄では、何もかもが「日本式」に置き換えられている。

自主的な、または、忖度しながらの過剰な「日本への同化」が目立つ。

72年前もそうだった。多くのウチナーンチュが大日本帝国に同化した。

そのために、日本国の戦争に巻き込まれた。

同化した先の日本は沖縄を捨て石にしたが、

沖縄にルーツを持ち、米軍にいたウチナーンチュたちや、ハワイにいた沖縄出身の人たちが、沖縄を見捨てることはなかった。

彼らは沖縄に食糧や物資を送り、県民の命を繋いでくれた。

ウチナーグチで投降を呼びかけ、我々の父母、祖父母を助けてくれた。

今、我々がここ沖縄で生きているのも、命を繋いでくれた彼らのおかげだ。

世界各地にいるウチナーンチュの「魂の祖国」は、ここ沖縄。

そんな彼らが誇る「沖縄」を、彼らの「アイデンティティ」を、「ルーツ」を、

現在、沖縄に住む我々が否定してはいけない。

沖縄を否定する行為は、彼らの存在を否定するも同じ。

世界のどこに住もうとも、ウチナーンチュはウチナーンチュ。

それ以上でも、それ以下でも、それ以外でもない。

「ワンネー、ウチナーンチューヤイビーン (私は沖縄人です)」

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