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72年前のきょう 1945年4月21日 「郷土沖縄を救え・郷土は自分で護れ」

2017年4月21日

日本軍は、沖縄の少年たちをゲリラ兵士として訓練した際に、

「自分の郷土は自分で護れ」と叩き込んだ。

大日本帝国の野望のために、世界各地の大国にケンカを売った日本。

日本軍は、沖縄を要塞として使うために、

勝手にドカドカと入り込んできた。

なのに、「自分の郷土は自分で護れ」とは、どういうことか。

もし、日本軍が沖縄を「日本国の一部」だと考えていたら、そんな言葉を発するとは思えない。

沖縄県民は、「誰がおまえらの島を護ってやってると思ってんのか!」と、言われたこともあるし、また、現在でも、そういうニュアンスを含んだ言葉は、日米両国の国民から投げつけられ続けている。

何百年も沖縄人は、沖縄人のやり方で自分たちの島々を護ってきた。

それなのに、大国の「真似事」をした大日本帝国の方式で郷土を護ろうとしたがために、

多くの県民が命をおとし、現在も苦しんでいる。

72年前、ハワイ移民のウチナーンチュたちが、郷土沖縄を救おうと行動を起こしていた。

その1人、比嘉太郎さんは、幼少期に祖父母と暮らしていた沖縄に住む人びとを救いたい一心で、72年前の今日、ハワイから沖縄へと向かっていた。

その後、比嘉さんはウチナーグチで住民に投降を呼びかけ、玉砕を考えていた沖縄の人たちの命を救っていった。

そして、ハワイにいる沖縄出身者や二世らとともに、「郷土沖縄」へ物資を送る。

郷土を護るということは、そこに住む人たちの命を守るということ。

命を護るということは、人びとにひもじい思いをさせないこと。

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