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72年前のきょう 1945年4月3日 「日米両軍の作戦変更」

2017年4月3日

米軍が沖縄に上陸した理由。それは、日本本土への「出撃基地」にするためだった。

でも米軍は、太平洋戦争が終わっても沖縄を「出撃基地」として使っている。

米軍の爆撃機は、嘉手納飛行場から朝鮮半島ベトナムへと飛んだ。
米軍が戦争をする世界の様々な地域へと飛び立った。

沖縄戦が始まる一年前に日本軍が沖縄に来なければ、
その後、沖縄に幾つもの飛行場を建設しなければ、

米軍が沖縄に来ることもなかった。
沖縄戦で多くの人々が犠牲になることもなかった。

『絶対に勝つ』ために米軍は、入念に計画を立てた。
あらゆる組織と連携し、連絡を取り合い、『絶対に勝つ』という目的のために動いた。
入念に練り上げた作戦計画を変更するのは、『絶対に勝つ』ためにやった。

翻って日本軍は、どうだったか。

『神』の『気持ち』を忖度したり、自分たちのプライドを優先したりした。
故に組織の中で満足に意思疎通もできず、行き当たりバッタリの対応をした。

そんな無能な人間が国家を運営したために、多くの国民や他国の人たちが犠牲になった。

そしてある意味、今でも日本軍は他国の多くの人たちを殺している。
なぜなら、日本軍が沖縄に残した軍事施設を米軍が活用しているから。

沖縄本島に住む県民が、返還された米軍基地の土地を住宅や商業施設として開発するのは、

基地という「軍事施設」を残したままでは、また誰かに「軍事目的」で活用される恐れがあるからだ。

だから、辺野古に軍事施設の「新設、移設、増設、拡張」に反対しているのだ。

石垣島宮古島与那国島沖縄県民は、沖縄本島伊江島を含む周辺離島で展開した地上戦について、その後に軍事植民地になってしまったことについて、きちんと学び、しっかり考えて欲しい。

そして本土の人たちは、72年続く「人殺し」を終わらせるために、なにができるのかを、真剣に考えて欲しい。

neverforget1945.hatenablog.com

http://www.npshistory.com/publications/wapa/npswapa/extContent/usmc/pcn-190-003135-00/images/fig6.jpg

 

The Final Campaign: Marines in the Victory on Okinawa (Countdown to 'Love-Day')

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