米軍基地に奪われた聖地、楚辺。それで米軍に感謝なんてありえない。

2017年3月30日

SNS は在沖米軍にとっても便利なツールだ。

頻繁に、これでもか、というほどの県民との融和アピールを醸しだすための、あるいは日本のミリオタを歓喜させるための、格好の媒体として利用されている。

 

昨日配信されたのは、読谷楚辺の七つの聖地を地元住民と共にクリーンアップし、米軍と楚辺の住民との更なる友好の絆を深めたというビデオメッセージだ。

SACRED SITES JOINT CLEANUP: U.S. Army Garrison Okinawa volunteers, in addition to more than 100 Okinawan neighbors, came together March 26 to take part in Sobe Ward's Seven Sacred Sites Joint Cleanup. These sacred sites are very important to the Okinawan community, especially for holding traditional events such as Shimi. The cleanup was a great opportunity to further strengthen the bond between Torii Station and the Sobe Ward.

 

この動画を見て、悲しみで胸がえぐられる思いがする。

米軍に奪われ、フェンスで囲まれた楚辺の民の、いにしえの聖地と水源。

米兵と一緒に草刈りをするのは、村民だけで自由に出入りできるわけもない、フェンスで囲まれた場所にあるから、ということに過ぎない。それをあたかも友好の絆として、米軍の暖かいボランティアとして演出する、そんな独善的なプロパガンダ動画に、怒りを凌駕し、心が締め付けられる思いがする。

 

トリイステーション。

この前を通るとき、本土の人でも奇異な感じを覚えるだろう。

こんな雑に重ねた鳥居の立て方なぞついぞ見たことがないからだ。

そう、これは在沖米陸軍基地「トリイ通信施設」。

そのゲートになぜ日本の神道の鳥居が立っているのか。

 

一説には、この美しい読谷の地を奪い、基地にした米軍が、日本の神道の崇拝・権力の象徴である鳥居を、見よう見まねで作ったのだといわれている。つまり模造の鳥居にすぎない。

しかし、その内側には、本土の神道とは異なる、ほんとうの沖縄の聖地が、力づくの基地のフェンスで封印されてしまったのだ。

だから、国道沿いのこの模造の鳥居を見るたびに、目を背けたくなるような、二重の意味で小ばかにされているような、暗澹とした気持になる。

 

本来ならば、聖所として清らかに保たれているはずの、この場所は、住民はシーミーの時など以外には、そこに近づくこともできないから、文字通りの草だらけになる。

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クミンドー御獄

 

【参考文献】

戦世(いくさゆー)を越えるエスノグラフィー (楚辺編)
一米軍用地接収による強制移転村の住民自治と文化変容一
山内健治  (pp. 138-140)

 〈七ウタキ〉の名称と,民間伝承は以下のとおりである(14)。
○ 〈トゥンチヤー〉:(登殿内)4坪の瓦葺の拝所であり,字のヒヌカン(火の神)が祭られていた。
○ 〈イーガー〉:カビンギガーともよばれ,水の恩への拝所であった。
○ 〈暗川〉:クラガ∠ とよばれる自然洞窟で内部に湧き水があり小規模な泉がある。民間伝承としては,「屋嘉のチラー」が飼っていた赤犬が,村の旱越時に掘りあてたといわれる。水の恩のために拝んでいた。
○ 〈ウカー〉:集落の海側にあった自然壕内の泉。2月ウマチーにはノロ・
や神人が,手足を清めた。
○ 〈メーチンシー〉:集落南側にありデムラを立てた女神の墓。
○ 〈クミンドー〉:集落西側の窪地にありムラ立てした男神の墓。
○ 〈東御嶽〉:集落東側の丘の上にあり,字住民の守り神として祭っていた。ウガンヒラーともいう。戦時中は出征兵士の武運長久を祈願したという。

この他の信仰対象は,以下のとおりである。
○ 〈アカヌクー〉:赤犬子宮は,サンシンと五穀豊穣をもたらしたといわ
れる赤犬子の終焉の地として拝まれてきた。この拝所のみ基地接収をまぬがれている。
○ 〈タシーモ〉:集落北側に面し鍛冶屋の墓として拝まれている。
○ 〈西神アサギ〉:先述の登殿内の隣接し,木造藁葺きの家屋で,四隅に石柱があった。
○ 〈東神アサギ〉:集落の東側にある約10坪の広場であった。
以上の,聖地,拝所のうち、赤犬子をのぞいては,すべて現在は基地内に
接収されている。

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楚辺の民の貴重な水源であったクラガー (暗川)もまた基地内にある。

ここはまた集団自決で楚辺住民8名の命が奪われた場所でもある。

 

読谷村史 「戦時記録」上巻 第二章 読谷山村民の戦争体験 第三節 それぞれの体験

 戦前から今日までずっと拝所となっている。伝説によると約五〇〇年前に発見され、明治の中ごろまで楚辺唯一の飲料用水源だったため、楚辺区民にはまさに命の水であり、それだけ尊い存在として拝まれていたからだ。
 ・・・
 「集団自決」はそこで起こった。
 クラガーは楚辺の指定避難所であったため、水辺近くに避難していた人々のうち八人が「入水自決」をして犠牲になったといわれる。
 『楚辺誌「戦争編」』によると「米軍が上陸した四月一日にはすでに、クラガーの上まで米軍は侵入し、クラガーに避難していた人たちは恐怖のどん底に落とされてしまった。『デテコイ、デテコイ』という米軍の呼びかけに応じて、一部の人たちは出て行ったが、『殺される』と再びクラガーに戻ってきた人もいた。そうしているうちに、壕内で息をひそめ恐怖に脅えていた避難民は窮地に追い込まれ、『アメリカーに殺されるよりは、自分たちで……』と、次の八人が『入水自決』し、犠牲となってしまったのである」(六三九頁)とある。

 

むろん、そんなことはこの動画では一切語られない。

 

米軍が上陸したこの読谷の地で、

その米軍に命どころか、暮らす土地すら、人々の聖地すら奪われた楚辺の人々が、米軍に感謝を表した、と、在日米軍の画像は、そこで終わる。

 

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「トリイステーションとの強いきずなを確認」する、と終わるのだ。

 

すごいな米軍。

さすが、やることが違うよ。