ウルトラマンと沖縄

2017年1月2日

ウルトラマンと沖縄 ■

2016年3月の沖縄タイムスより

―「帰ってきたウルトラマン」の第11話「毒ガス怪獣出現」は、金城さんの脚本だ。

「金城が東京に出てきた時、一さんが書かせた。当時、大問題になっていた(沖縄の)知花弾薬庫での毒ガス貯蔵をテーマにしたけど、あまりにもストレートな告発で、金城の真骨頂である伸びやかさがない。自分を曲げて書いたのだろう。結局、それが金城のウルトラシリーズ最後の脚本になった。つらかっただろうな。一点の曇りもない『帰ってきたウルトラマン』を書いてほしかった」

 ―放送時の71年、沖縄は「日本復帰」直前だった。

「ある日、現場で『復帰おめでとう』と言われた。何がめでたいんだ。沖縄があれだけ求めた基地の撤去要求は無視されてさ。『復帰』は、米国の一元支配から日米のダブル支配になるだけだと考えていた」

「このままだと、沖縄は翻弄(ほんろう)され続ける。一さんの『沖縄はタブーだ』がずっと胸に引っかかっていて、いつか差別、マイノリティーを真正面から問おうと考えていた。番組も3クール目に入り、安定期に入っていた。やるなら今だと…」

■「怪獣使いと少年」で問うた人間の心の闇

 ―それで、第33話「怪獣使いと少年」ができた。

「登場人物の少年は北海道江差出身のアイヌで、メイツ星人が化けた地球人は在日コリアンに多い姓『金山』を名乗らせた。1923年の関東大震災で、『朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ』『暴動を起こした』などのデマが瞬く間に広がった。市井の善人がうのみにし、軍や警察と一緒になって多くの朝鮮人を虐殺したんだ。『発音がおかしい』『言葉遣いが変』との理由で殺された人もいる。琉球人の俺も、いたらやられていた。人ごとではない」

 ―今見ても生々しく、よく放送できたなと思う。

「僕が何をやろうとしているのか、TBSの橋本プロデューサーは当初から知っていたよ。だって最初にプロットを見せるから。プロデューサーの権限は絶対だけど、だめと言われたら企画は通らない。でも、『書け』と言ってくれたよ」

「あの回の監督は東條昭平が務めたんだけど、彼が僕の意をくんで、演出をどんどん強めていくんだ。例えば、『日本人は美しい花を作る手を持ちながら、いったんその手に刃を握ると、どんな残虐極まりない行為をすることか…』という隊長のセリフは僕の脚本にはなく、東條が付け加えた。そういう意味では、30歳前後の若者が血気盛んに作ったんだね」

 ―すんなり放送できたのか。

「いや、試写室でTBSが『放送できない』と騒ぎ出した。橋本プロデューサーが『上原の思いが込められた作品だから放送させてくれ。罰として、上原と東條を番組から追放する』と説き伏せて放送させた」

「でも当初、メイツ星人は群衆に竹槍で突き殺されていた。これも僕のシナリオではなく、東條が演出で変えた部分。さすがにこのシーンは生々しすぎて子ども番組の範疇(はんちゅう)を超えると…。それでこの場面は撮り直して拳銃に変わり、オンエアされた。結局、僕はメーンライターを辞めさせられたけど、橋本さんには感謝しかない」

 ―最終回の第51話「ウルトラ5つの誓い」は、上原さんが手掛けている。

「これはお情けで書かせてもらった。第1話を書いたライターが、最終回を書くという掟があるからね」

 ―放送から45年がたつ。

ヘイトスピーチなど、日本は45年前よりひどい状況だと思う。付和雷同した群衆ほど恐ろしいものはない。だから、自分の目で物事を見てどう生きるかを考え、自分の足で立つ子に育ってほしいと願い、子ども番組を作り続けてきたつもりだ」

www.okinawatimes.co.jp

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