長崎に原爆が投下されて71年

2016年8月9日

黙祷。

71年前の今日、朝11時2分、たった一発の爆弾で長崎のまちは熱線と放射能で焼き尽くされた。

七万四千人の命が失われた。それは原爆による「ホロコースト」だった。と同時に、長崎が世界初のプルトニウム原爆の「実験台」にさせられた瞬間でもあった。

美しいゴシック建築カトリック教会をもつ長崎の街が、そのあとどうなったのか。

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爆心地から約500mの地点にあった浦上天主堂の瓦礫を残して、長崎は命と尊厳をぐっさりとえぐりとられた。

原爆で崩れ残った浦上天主堂は、本来ならばナガサキの平和のシンボルとして残すべきだった。このキリスト教会を直撃したアメリカの原爆という構図はキリスト教文化圏の欧米にも衝撃を与えるものだったはずだ。取り壊されしてしまったことに、今更ながら疑問を感じる。

この残された写真で、崩壊した浦上天主堂を再現し、非戦と非核の平和の祈りとできないものだろうか、と時々思う。

広島の原爆ドームのように、喧噪の街のなかでも静かな祈りを伝える特別な場所、エキュメニカル(超教派)な、壁なき祈りの教会として。

戦争は、核は、人間を壊す。いのちを壊す。

長崎の平和式典の話に戻ろう。核武装化の動きを虎視眈々と狙う人物が、のうのうと目をぱちぱちさせながらスピーチしていた。

こんな人物は早く総理の地位から追放しなければならない。被爆国の総理にしてはならない。

長崎、広島、福島、沖縄・・・。日本のすみずみから声を !!!

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